【看護学博士が解説する看護研究のための統計】学習する前の心構え【part0】

この記事では、看護学研究のための統計学について、主に初学者向けに解説していこうと思います。主な対象は大学院修士課程や、臨床で量的に研究をしてみたいという方で、かつきちんと基本を理解したいという方向けです。とりあえず理解は置いておいて、結果が得られれば良いという方は、安価な別の教科書を参考にすることをお勧めします。

さて、具体的な学習に入る前に、少し小難しい話にお付き合いいただければと思います。本でいえば「はじめに」にあたる部分です。読みたくない人は飛ばしていただいて構いませんが、モチベーションの高い皆さんでしたら、ぜひここに書かれていることを頭の片隅に置きながら学習をしていただけると幸いです。


統計学的手法を理解するより前に、量的研究に関する知識を身につけておく必要がある。それは研究デザインに関する知識や、科学的手法によって現象を明らかにするとはどういうことかという哲学的な態度を含む。学術的な営みは、単にテクニカルな手法を用いることではない。明らかにしたい現象への妥当な理解、対象となる集団の特性や背景、因果関係とはなにかといったことを熟慮することである[1]

学術的な営みの大きな目的のひとつは、現象の因果関係を解明すること[2]である。因果関係に関する命題は、単に時間的に先行しているから(縦断的データを扱ったから)とか、特定の統計的手法を採用しているから、といったテクニカルな基準によるものではない。統計的因果推論の背景には、学術的かつ理論的パースペクティブが存在している。しごく単純で月並みな例で言えば、もし仮に「肺がん罹患後患者の多くは有意に飲酒量が増えた」というデータがあったらどうだろうか?時間的に先行しているし、適切な統計的手法を用いてこの結果が得られたとすれば、「肺がんは飲酒量を増加させる」という因果関係が成り立つだろうか?多くの人は疑問を抱くだろう。テクニカルな基準、つまり方法論だけではこの疑問に答えることはできない。学術的に重要なことは、繰り返しになるが「因果関係の同定」という命題に潜むパースペクティブを適切に解釈することである。

昨今、コンピューターやソフトウェアの発展により、研究方法や統計的手法だけに研究の妥当性や評価を求める動きが(控えめに言って)少なくない。縦断観察研究やRCTでデザインされた研究の結果だけが因果関係を同定する方法なのだろうか。観察される事象から(帰納的)のみ因果関係を同定する手段なのだろうか。そうであるならば、社会科学で扱う主題の多くは因果関係を同定できないことになる。だが、私達は経験的に、社会科学で扱う主題に対し因果に関する感覚[3]を持っている。こうした感覚も社会科学では非常に重要で、理論的考察と厳格な検討の上で因果関係の同定に役立つはずである。

では、統計学的手法を正しく理解するのはなぜだろうか。私が思うに①現象を正しく記述するため、②見えていなかった現象を妥当な形で示すための2つの大きな理由があると思う。まず、一般的に私達がしようとしているタイプの研究では、ほとんどの場合現象はすでに経験されている。その経験された現象について帰納的に正しく記述するためには、正しい言語で表現する必要がある。そして、研究者が想定していなかった(あるいは対象すら無意識に経験している)現象を発見するためには、正しいプロセスを経た上で吟味する必要がある。カレーを作るには妥当な手順、材料、処理を経ていないとカレーとは呼べないし、妥当な手順、材料、処理を経たカレーだからこそ食べたときに「実はこの具材から出る旨味が相乗効果を生んでいるのかもしれない」と判断できる。そうした妥当なプロセスを経た料理だからこそ、次の料理へつながっていく。

ここまでだらだらと言いたいことを言ってきたが、以降の統計的手法や研究デザインを学ぶ上で(本当はその前に)、科学的な態度とはどういうことか(倫理面ではなく)、何を目指すのかといった、小手先の技術ではなく学問を俯瞰するパースペクティブを持つ必要があると思う。背景や歴史を理解することは、「急がば廻れ」、適切な理解への近道になると思う。


[1] こうしたことへの理解のために、まずは「Polit & Beck. (2020) Nursing Research, Generating and Assessing Evidence for Nursing Practice」の最新版を参照されたい。さらに、良質な科学哲学の入門をいくつか読むと理解が深まる。

[2] 自然科学で一般的に行われている「現象の振る舞いを理解する」ということも広義ではここに含まれると著者は考える。運動力学は物体の動きを説明する理論だが、ここにある物体はどこからどのようにしてここに来たのか、そしてここにある物体はどこにどのようにして行くのか、という因果を説明するためにある。この理論で因果を同定できない事象に対し、新しい理論が生まれその事象に対する因果が同定できる。相対性理論や量子力学がこれにあたる。

[3] わかりやすいように「感覚」という言葉を用いたが、科学哲学の専門用語で言えば「法則論的知識」にあたる。より深い理解のためには「佐藤俊樹.(2019) 社会科学と因果分析: ウェーバーの方法論から知の現在へ.岩波書店」を読むと良い。

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